以心会

胃がん

副院長:安藤 拓也

胃がんについて

 日本は胃がんの好発国としてよく知られています。部位別がん罹患数統計によると、2014年の部位別がん死亡数は、胃がんは男性では2位、女性では3位です。2012年のがん罹患数は、胃がんは男性では1位、女性では3位と依然として多い。生涯で胃がんにて死亡する確率は、男性では4%(27人に1人)、女性では2%(60人に1人)と男性が多くなっています。また生涯で胃がんにかかる確率も、男性では11%(9人に1人)、女性では6%(18人に1人)と男性に多くなっています。

胃がんとは

胃がんは、胃の壁の最も内側にある粘膜内の細胞が、何らかの原因でがん細胞になって無秩序に増殖を繰り返すことで生じます。胃がん検診などの検査で見つけられる大きさになるまでには、通常何年もかかるといわれています。胃がんの診断には胃の内側から内視鏡(胃カメラ)で観察することにより診断が可能であり、胃がんの部分がイボのように盛り上がったり、潰瘍を形成し陥凹している部分、色調の変化した部分などを詳しく観察します。生検検査でがん細胞を認めると診断が確定します。胃がんの内視鏡写真を提示します(図1)。


胃がんの内視鏡所見(図1)


図2(胃がん治療ガイドラインの解説 から)

 がん細胞の増殖の仕方によって「分化型胃がん」と「未分化型胃がん」に分かれます(図2)。分化型胃がんでは、もとの正常な細胞の特徴を残したまま塊を作って大きくなります。一方、未分化型胃がんは、もとの細胞の構造がほとんど見られずバラバラに広がり、がんの範囲も分かりにくいです。とくに未分化型胃がんのなかで、粘膜に発生した癌が表面を広がらないで粘膜の深いところを這うように広がって行くタイプ(スキルス胃がん)では診断がつきにくく、かなり進行しないと見つかりにくい場合もあります。

胃がんの原因ーピロリ菌との関係

 胃がんの原因ははっきりとは解明されていませんが、喫煙や塩分の過剰摂取・野菜不足などの生活習慣や、ピロリ菌感染などが胃がん発生のリスクを高めると言われています。胃がんが遺伝することはそれほど多くないため、家族に胃がんにかかった人がいる場合には、食生活を中心とした生活習慣や生活環境が引き継がれていることへの注意が必要です。
 とくに近年胃の中に住む細菌であるヘリコバクター・ピロリ(以下ピロリ菌)との関連性が指摘されています。ピロリ菌は幼少時に胃に感染して慢性胃炎を引き起こし、胃は常に炎症を起こしている状態になります。その結果として胃・十二指腸潰瘍などの様々な病気と関係していることがわかってきました。最近ではピロリ菌を原因とした慢性胃炎が胃がんの発生リスクを高める要因となることが指摘されており、ピロリ菌への感染歴のある人は、ピロリ菌に感染したことがない人に比べて約10倍胃がんになりやすいという報告もあります。ヘリコバクターピロリ菌に感染した人のすべてが胃がんになるわけではありませんが、ピロリ菌を除菌することにより胃がんの将来的なリスクを減らす可能性があることが注目されています。

胃がんの症状

 胃がんは、早い段階で自覚症状が出ることは少なく、かなり進行しても無症状の場合も多くあります。癌がかなり進行すると、胃の痛み、不快感、胸やけ、吐き気、食欲不振などの症状が出ることもありますが、これらは胃がん特有の症状ではなく、胃炎や胃潰瘍(いかいよう)の場合でも起こりますので、内視鏡検査をしなければ胃がんとは診断できません。

胃がんの進行度

 胃がんの広がり方には、①胃の壁を深く広がる、②転移する、の2パターンがあります。
胃がんが大きくなるにしたがって、粘膜内のがん細胞は胃の壁の中に入り込み、粘膜下層、筋層、一番外側にある漿膜(しょうまく)まで広がっていきます。さらに胃の壁を全部突き抜けると、近くの大腸や膵臓など他の臓器に広がったり、お腹全体にがん細胞が広がります。

がん細胞が胃の壁のどの層まで達しているか(深達度)はTという文字で表現します(図3)。

  • T1:胃がんが粘膜(M)か粘膜下層(SM)にとどまっている場合
  • T2:胃がんが筋層(MP)や漿膜下層(SS)まで進んでいる場合
  • T3:胃がんが一番外側の漿膜を破って外側表面に出てきている場合(SE)
  • T4:胃がんが胃の外側表面に出てさらに大腸や膵臓など他の内臓や組織に直接入り込んでいる場合(SI)

 がん細胞が、粘膜層あるいは粘膜下層までにとどまっているものを「早期胃がん」といいます。がん細胞が筋層あるいはそれより深くに達しているものは「進行胃がん」といいます。


図3(独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センター 資料より)


 胃がんは胃の壁のなかにのみに進むわけではなく、胃のリンパ管や血管に入り込んで、胃から離れた場所に散らばって行きます(転移)。胃がんの転移には、リンパ行性転移、血行性転移(肝臓や肺など)、腹膜播種性転移があります。最も多いのがリンパ節転移です。
リンパ節転移の程度はNで表されます。


  • N0:リンパ節転移がない場合
  • N1:リンパ節転移が2個までの場合
  • N2:リンパ節転移が3~6個までの場合
  • N3:リンパ節転移7個以上の場合

 リンパ節への転移は手術でリンパ節を取り除くこと(リンパ節郭清)である程度は治すことができますが、肝臓や肺、腹膜へ転移した場合には手術で治すことは難しくなります。

 がんの進行度を「ステージ」といいます。ステージはⅠ A からⅣに分けられ、数字が大きくなるほど進行していることを表します(表)。深達度(T因子)とリンパ節転移の程度(N因子)、遠隔転移(M因子)の有無を組み合わせて以下のように進行度(ステージ)が決定されます。M因子は肝、腹膜、肺、骨など他臓器や、胃から離れたリンパ節に転移 (遠隔転移)がなければM0、転移があればM1となります。


表 胃がんの病期(ステージ)


胃がんの治療(1)


 胃がんの治療は外科治療(手術)、内視鏡治療、手術、化学療法(抗がん剤)の3つがあり、病状や進行度(ステージ)によって選択されます。

▶当院の胃がんの治療について

①外科治療(手術)

 手術にてがん細胞をすべて取り除くことにより治癒を目指します。胃がんに対しては最も有効で標準的な治療法です。胃の切除と胃の周りのリンパ節を取り除くリンパ節郭清を行います。胃から離れたリンパ節に転移が見られる場合、肝臓や肺などへの血行性転移、腹膜播種性転移の場合には手術で治すことは困難です。

 胃の切除の範囲は、がんのある場所や、病期の両面から決定します。胃の切除方法には大きく分けて3通りあります。


図4

  • 幽門側胃切除術:胃の出口側3分の2を切除する最も標準的な方法(図4)。
  • 胃全摘術:胃を全部摘出する方法。
  • 噴門側胃切除術:胃の入り口側を切除する方法。

 これらは、がんのある場所やがんの進行度によって術式を決定します。必ずしも進行しているから胃を全部摘出するわけではなく、早期がんでも癌の存在する場所により胃全摘術が必要になります。

 手術方法には、開腹手術と腹腔鏡下手術があります。腹腔鏡下手術では腹部に5mm~12mmの穴を数か所開けて、専用のカメラ(腹腔鏡)や手術器具を腹腔内に挿入し、モニター画面で腹腔内を観察しながら胃の切除を行います。最終的に4-5cmの切開を加えてここから切除した胃を取り出します。腹腔鏡下手術では傷が小さいため、体への負担が少なく術後の回復が早いなどの利点がありますが、開腹手術と同等の治療成績を裏付ける精度の高い調査結果がまだ示されておらず、現在のところ胃癌治療ガイドラインでは、腹腔鏡下手術の適応は早期であるstageⅠに適応が限定されています。StageⅡ以上の進行がんに対してはまだ長期成績が十分明らかになっていません。当院においても積極的に腹腔鏡下の胃切除に取り組んでおりますが、現在のところガイドラインに従って早期がんを対象としています。

胃がんの治療(2)

②内視鏡治療

 早期胃がんでは、お腹を切らずに内視鏡により切除するESD(内視鏡的粘膜下層切開剥離術) で治せるようになりました。内視鏡的技術と機器は著しく進歩しており、特にITナイフ、フレックスナイフ、フックナイフなどの処置具の登場、高周波発生装置の進化は内視鏡治療成績を上げています。



 ESDとは、病変の周囲の粘膜を切開した後に粘膜下層を剥離して病変を切除する確実な内視鏡治療です。



従来のEMR(内視鏡的粘膜切除)という方法では小さな病変しか切除できませんでしたが、ESDは2cmをこえる大きながんの場合でも病変を一括に切除できる確実な内視鏡治療であり、癌の取り残しが少なく、再発する危険性もとても少ないです。
 内視鏡治療の適応は、胃がんの中でも分化型といわれるタイプで、がんが粘膜内にとどまり、潰瘍を伴わないものになります。また潰瘍を作るがんで潰瘍を伴うものでも、病変の大きさが3cm以内のものはリンパ節に転移している可能性は極めて少ないため、内視鏡治療の拡大適応となります。未分化型の胃がんでは、小さな段階からリンパ節に転移する可能性が数%あり、1cm以下で潰瘍を伴わないもののみが拡大適応になりますが、適応となるものはそれほど多くありません。
 かつては開腹手術で治療となっていた病変でも、上記のような適応基準を満たしていれば、胃カメラを用いて胃がんを切除する内視鏡的粘膜切除による治療が可能となりました。
 内視鏡で切除した病変を顕微鏡で確認し、断端にがんが残っていないか、がんの深さが予想以上に深くないか、などを病理診断します。その診断結果によってはリンパ節転移している可能性があるため、追加の手術が必要となる場合もあります。


ESDの手順


(1)がん病変を確認した後に、病変部に色素撒布をして、十分な観察を行って、切除範囲をマーキングします。


(2)周囲に局注し、プレカット(ITナイフを入れる小さな孔を作成)をします。


(3)マーキングした部位の外周を全周切開します。粘膜下に局注液を注入して病変部を盛り上げ、その粘膜下層を剥離して一括切除します。


(4)最後に切除した粘膜を回収して、病理組織学的に検索します。


 このようにESD では大きな病変もひとかたまりでとれ、病理検査でのより正確な診断にも役立ちます。治療後は胃に人工的な潰瘍ができるため一週間の入院治療が必要です。退院後は内服と定期的な外来通院、内視鏡検査で経過をみます。ESD は患者さんの体にやさしく低侵襲性の内視鏡治療ですが、従来の治療法にくらべて技術習得が難しく、出血や穿孔といった合併症の頻度が少し高いことも事実です。当院では消化器内科医、外科医全員で診断・治療にあたっており、合併症に対しても十分な対策のうえに施行しています。


③化学療法(抗がん剤治療)

 化学療法は、手術適応とならない進行がんや、再発がんの症状を和らげるためや、手術前後に使用して手術の効果を高めたり、再発を予防する目的で行われます。最近では胃がんに良く効く抗がん剤が開発され、治療効果を高めるため内服と注射を組み合わせる併用療法も行われています。このように胃がん治療は内視鏡的な治療法が進歩し、また抗がん剤を用いた治療も徐々に進んでいます。個々の患者さんに合わせた適切な治療が行われることで、生活の質(quality of life: QOL)を低下させることなく、治療を行うことが可能になってきました。

 早期の胃がんの場合、何も症状がないことがほとんどです。日本人のピロリ菌感染の減少により、将来的には胃がんは減少すると予想されますが、まだまだ日本人のなかでは多いがんのひとつです。胃がんは早期治療することにより治ることが十分に多いがんであり、早期発見が特に大切です。そのためには症状がなくても年に1度は定期健診を受けましょう。