以心会

食道裂孔ヘルニア

医師:林久乃

食道裂孔ヘルニアについて

人間の体では横隔膜という膜が、胸腔と腹腔を分けています。


口から摂取した食べものは、胸部にある食道を通り、この横隔膜を越えて、腹腔内にある胃に入っていきます。この食道が腹腔に入る部分には横隔膜に穴が開いており、この穴を食道裂孔と言います。


食道裂孔は筋肉で支えられていますが、先天性または加齢によって筋肉が弱くなり、本来腹腔内にあるべき胃が胸腔内に脱出している状態を食道裂孔ヘルニアといいます。


食道裂孔ヘルニアにはその脱出の仕方から1)滑脱型、2)傍食道型、3)混合型に分けられます。( 図1)


図1 食道裂孔ヘルニアの分類


症状


食道裂孔ヘルニア自体は構造の異常であり、症状がなければ大きな問題はありません。しかし食道裂孔ヘルニアがあることで、胃から食道への逆流を防ぐ仕組みがうまく働かなくなり、胃酸が食道にあがってきやすくなります。そのため、逆流性食道炎を併発し、胸やけ、胸痛、つかえ感等の症状が出てきます。


ヘルニアの程度がひどくなり、ヘルニアが胸部の臓器を圧迫するようになると、呼吸困難、食道閉鎖症状が現れることがあります。

検査

内視鏡検査で食道から胃を見た時に、横隔膜のため狭くなっている部分と、食道と胃の粘膜の境がずれている場合、食道裂孔ヘルニアがあることが確認されます。また、カメラを胃の中で反転させて食道を見上げると、カメラが入ってきている食道の周りに空間があり、開いていることが確認されます。


またバリウムを使った食道・胃の造影検査も行われます。これによって脱出の程度、形や、逆流の具合を評価できます。

治療


図2 逆流性食道炎に対する逆流防止の手術法

胃の内視鏡検査でよく指摘される食道裂孔ヘルニアの多くは、滑脱型の食道裂孔ヘルニアです。


胃酸の逆流が問題となりますが、胸部を圧迫するような症状は起こりにくく、症状がなければ治療の必要はありません。しかし胃酸が逆流することで逆流性食道炎を伴うことがあり、その場合は逆流性食道炎の治療が必要となってきます。


また、傍食道型、混合型の大きなヘルニアで、胸部の臓器を圧迫するような症状がある場合や、内服などの治療でコントロールの難しい逆流性食道炎を伴う場合、手術を検討します。


手術の方法としては、胃と食道のつなぎ目( 噴門)で逆流しないように胃を巻き付けて圧迫する手術( 噴門形成術; N i s s e n法、T o u p e t 法など) ( 図2 ) が行われます。極端に食道が短い場合には胃の形成術を必要とする( C o l l i s 法など) ( 図2) 場合もあります。近年では、腹腔鏡の手術でも行われますが、実際に手術が必要な場合は少ないです。


逆流性食道炎について


逆流性食道炎とは、胃酸が食道に逆流することで食道が荒れてしまう病気です。


食道裂孔ヘルニアがあると、胃酸が逆流しやすくなることで、逆流性食道炎になりやすく、その治療が必要となる場合が多く見られます。


逆流性食道炎の診断は、上部消化管内視鏡検査で診断されます。その症状としては、胸やけ、胸痛、つかえ感、のどの違和感、げっぷが増えることなどがあります。


逆流性食道炎で見られる特徴的な症状を表3に挙げます。

表3 逆流性食道炎に特徴的な症状
みぞおちから胸の中央部にかけて上がってくるような熱感を伴う不快感(胸焼け)
食後に起こりやすい
脂っこいものを食べた後に起こりやすい
食べ過ぎたときに起こりやすい
横臥したり前屈みで悪くなる
口の中に酸っぱいものが込み上げる(呑酸)

逆流性食道炎の治療の中心は、薬の内服です。プロトンポンプ阻害薬(PPI) という薬を飲みます。


当院で採用している薬ではラベプラゾール、タケプロン、オメプラール、パリエット、ネキシウムなどがこれに当たります。これらの薬は胃酸の分泌を抑えることで、逆流性食道炎を治療します。内服によって、一度荒れている部分が治まっても、胃酸の逆流が続く場合、また同様の症状を繰り返してしまうため、長期に内服が必要となる場合があります。


H2 受容体拮抗薬も同様に胃酸を抑えることで、逆流性食道炎の治療に用いられます。アシノン、ガスター、プロテカジン、ザンタックなどがあります。胃酸を抑える効果はプロトンポンプ阻害薬のほうが強力です。また、食道・胃の運動を改善することで逆流を少なくするために、消化管の動きを良くするお薬を飲んでいただく場合もあります。ガスモチンやプリンペランといった薬です。


また、逆流を起こさないような生活習慣の改善も必要となってきます。表4 に挙げるような点に注意してください。

表4 逆流性食道炎における生活習慣の改善
1.胸焼けを起こしやすい食事習慣の回避大量摂取(暴飲暴食)
大喰い
すすり飲み
2.胸焼けを起こしやすい食物の回避高脂肪食(フライ、てんぷら、油炒めなど)
甘味食(ケーキ、饅頭など)
柑橘類
酸味の強い果物
3.胸焼けを起こしやすい生活動作食後すぐの横臥
前屈姿勢
強い腹圧のかかる動作(重いものを持ち上げるなど)
4.胸焼けを起こしにくくする就寝姿勢上半身挙上(ベッドの頭側の脚を高くする、布団の下に座布団を入れるなど)
左を下にした睡眠

最後に

食道裂孔ヘルニアは逆流性食道炎の原因となることがあります。予防のために生活習慣で改善できる点は普段から気をつけていきましょう。症状がある場合は早めに相談していただき、薬を飲むことが症状の改善につながります。


また胃の内視鏡検査を受けることは、病気の診断はもちろん、胃癌など他の病気の早期発見にもつながるので定期的に受けましょう。