ピロリ菌と胃がん
医師:安藤拓也
ピロリ菌とは
ピロリ菌は、正式にはヘリコバクター・ピロリという細菌です。ピロリ菌は幼少時に胃に感染して胃炎を引き起こし、慢性胃炎、胃・ 十二指腸潰瘍、胃がんなどの様々な病気と関係していることがわかってきました。
ピロリ菌は、免疫力が弱い幼児期に汚染された水、食物、唾液などから経口感染するとされていますが、まだ不明な点もあります。日本人のピロリ菌感染は、戦後の衛生状態が悪い時代に生まれ育った高齢層では感染率が高く、衛生状態の良い環境に育った若い年齢層での感染率は低くなっています。今後はピロリ菌に感染している人はますます減っていくと予想されます。現在では、まだまだ多くの日本人がピロリ菌に感染していますが、感染者全員が病気になるわけではありません。最近ではピロリ菌を原因とした慢性胃炎が胃がんの発生リスクを高める要因となることが指摘されており、ピロリ菌を除菌することにより、胃がんのリスクを減らす可能性があることが注目されています。
慢性胃炎と胃がん
以前は慢性胃炎の原因は食物や加齢であると考えられていましたが、最近ではピロリ菌が主な原因とされています。幼少時にピロリ菌が胃に感染すると、ピロリ菌は胃粘膜に生息し、ゆっくりと胃に炎症を起こし、「慢性胃炎」となります。長い時間をかけてピロリ菌の胃粘膜への感染部位は広がっていき、最終的には胃全体に広がりますが、ほとんどの人は自覚症状がありません。また「慢性胃炎」が続くと、胃の粘膜の胃液や胃酸などを分泌する組織が減少し、胃の粘膜が薄くやせてしまう「萎縮」が進み、「萎縮性胃炎」( 図1)という状態になります。萎縮がさらに進むと、胃の粘膜は腸の粘膜のようになる状態(腸上皮化生)になります。
胃がんは「分化型胃がん」と「未分化型胃がん」に分かれます。「分化型胃がん」は萎縮性胃炎から発生しやすく、腸上皮化生を伴った状態になると発生リスクがさらに高くなります。またピロリ菌による胃の慢性炎症が高度となり(慢性活動性胃炎(図2))、ひだ肥大型胃炎(胃のヒダが太くなっている胃炎( 図3)) や鳥肌胃炎( 胃粘膜表面が鳥肌のように不整になっている胃炎( 図4)) を起こしている場合には「未分化型胃がん」の発生リスクが高くなると考えられています。
世界保健機関(W H O)は、ピロリ菌を胃がんの「確実な発がん因子」として認定しており、タバコやアスベストと同じ最高の危険性を示す「グループ1」と分類しています。日本でも厚生労働省の調査にて、ピロリ菌への感染歴のある人は、ピロリ菌に感染したことがない人に比べて、1 0 . 2 倍胃がんになりやすいことがわかりました。胃がん患者の約99%にピロリ菌感染が見られますが、胃がんになっていない人の約90 % でもピロリ感染を認めており、ピロリ菌感染があっても胃がんになるのはごく一部とみられています。
慢性胃炎に対するピロリ菌の除菌
ピロリ菌の除菌を行いピロリ菌が消えると、慢性胃炎が改善し、胃がんの発生リスクは約3 分の1 程度に減少すると報告されています。慢性胃炎の場合には、将来の「胃がん」のリスクを減らす目的で、ピロリ菌の除菌治療が勧められます。これまでは健康保険でピロリ菌の除菌が行えるのは胃・十二指腸潰瘍などに限られており、慢性胃炎に対しては自費でピロリ菌を除菌するしかありませんでしたが、平成2 5 年2 月2 2 日から内視鏡検査(胃カメラ)で「慢性胃炎」と診断された人は、健康保険を使ってピロリ菌の検査・除菌治療を受けることができるようになりました。
大切なことは、除菌が成功しても胃がんの発生がゼロにはなりませんので、ピロリ菌の除菌後にも胃検診や胃カメラによる定期検査は年に1 度行うことをお勧めします。
他の胃がんリスク因子
胃がんの発生には、ピロリ菌だけが重要ではありません。他に胃がんのリスク因子として、喫煙、塩分摂取があります。逆に胃がんを予防するためには、多くの野菜や果物を摂取することが推奨されています。
もともと日本人は塩分摂取量が多いとされています。塩分高濃度の食品を習慣的に摂取すると、胃の粘膜を保護している粘液が破壊され、炎症が起こります。塩分だけでは胃がんのリスクにはなりませんが、ピロリ菌感染に食塩が加わると胃がんの発生率はさらに高くなります。
また喫煙者では非喫煙者に比べて約1 . 6倍の胃がんリスクがあります。さらに喫煙にピロリ菌感染が加わると、ピロリ菌で胃の粘膜が傷つくことに加え、たばこの発がん物質の影響が加わるので、胃がんの発生リスクが特に増加します。
一方、胃がんの発生に予防的に働くものとしては、新鮮な野菜や果物の摂取があげられ、これらの食品中のいくつかの栄養素が発がんを抑制するものと考えられています。
胃がんを予防するためには、ピロリ菌の除菌だけでなく、多くの野菜や果物を摂取すること、塩分の多い食品の摂取を控えること(1 日1 0 g 以下)、たばこを吸う習慣のある人は禁煙すること、などの生活習慣の改善も心がけることも大切です。